2018年3月8日木曜日

【報告】2月22日、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第51回「放射能災害から命,健康,くらしを守る――「チェルノブイリ法日本版」を市民立法で」

3月18~19日、チェルノブイリ法日本版制定に取り組む市民団体<市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会>の結成集会を開きます。詳細は-->こちら
2月22日、予定通り、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第51回
放射能災害から命,健康,くらしを守る――「チェルノブイリ法日本版」を市民立法で
をやりました。
以下、その講演動画と講演資料です。

 
崎山比早子さん「「多発する子どもの甲状腺がんと20mSv帰還政策」


崎山さんの講演資料-->こちら長谷川克己さん「この被ばくをこの原発事故を無かったことにしたいのは本当は私達の方です」



柳原敏夫「命どぅ宝--福島脱被ばくの心--市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会 結成集会」(



柳原の配布資料-->こちら  講演資料-->こちら

 
参加者の各グループの討論結果の報告

 

3人の登壇者の追加意見

 


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柳原の話は以下の通り。

避難する権利を保障するために 裁判と市民立法

 簡単に福島集団疎開裁判を振り返ります。原発事故の後、福島の子どもたちの集団避難を実現するために、チェルノブイリの住民避難基準と同等の基準にしたがい、20116月、郡山市の小中学校を設置運営する郡山市を被告にして「子どもたちを避難させよ」という裁判を起こしました。私はその弁護団に参加しました。当時、この裁判を「平成の一向一揆だ」と言った方がいました。政府の側からは、結果的には謀反を起こしているように見えたのだと思います。

  この裁判は20134月に仙台高裁から判決が出まして、「事実について、危険だという申立人の主張を認める。しかし、危険だと思う子どもは自己の責任で逃げればよい、被告の郡山市に避難させる義務はない」と却下の決定を出しました。

 この決定は驚くべきものとして直ぐに世界中に配信され、世界中の人が知りましたが、日本の新聞やテレビは殆ど報道されなかったので、ひとり日本人だけが知ることができませんでした。たとえばワシントンポストは「裁判所は、放射能の健康リスクは認めるにも関わらず、避難を命じる判決は出さなかった」と写真入りで報道しましたし、ニューヨークタイムズは「日本の法廷は避難の義務を認めなかった」。ロシアのRTニュースという、BBC放送に次ぐようなマスメディアも大きく写真入りで報道しました。

現在、避難の権利を求める第2次の裁判を継続中ですが、これだけを待っているわけにいかないということで裁判と同時並行で、この間、チェルノブイリ法と同等の住民避難基準を求めるチェルノブイリ法日本版を市民主導の市民立法で制定しようという準備をしてきました。

この市民運動のゴール(山頂)は、住民・子どもたちに世界標準の避難基準でもって避難する権利を保障しようというもので、福島集団疎開裁判と変わりません。山頂は同じだが、その山頂に登るルートが複数ある。裁判だけでは不十分なので、市民立法によって山頂に登るという取り組みをしています。

 私が今日お話ししたいのは、以後の異常な事態に関してです。2つあります。異常事態を象徴する出来事の一つ目は、文科省が2011年4月19日に福島県だけ学校の安全基準を20倍に引き上げる通知を出したことです。もう一つが崎山さんもおっしゃっていた、山下俊一・長崎大学教授の言動です。

 この二つの出来事の共通点は、いずれもチェルノブイリ事故から教訓を学び尽していることです。

 被ばく安全基準を福島県だけ20倍に引き上げた文科省通知
 チェルノブイリ事故は、ソ連政府が後手に回ったために、ウクライナ共和国政府が首都キエフで52万人余の母子の集団疎開を決定しました。この決定に激怒したソ連政府は集団疎開開始の前日に、被ばく許容基準を100倍に引き上げる通知を出し、キエフ以外のまちでの集団疎開を阻止しました。

 文科省はこれを熟知していて、自分たちはこのようなソ連政府の失態を繰り返さないと、キエフの52万人集団疎開のようなことを福島県の自治体が決定する前に先手を打って、419日に安全基準を20倍に引き上げる通知を出しました。これは理論的には、原発事故後に子どもたちの放射能への感受性が20倍にアップしたのだという想定に立ったものです。

 この通知の根拠は、国連等の公的機関ではない、民間の一団体にすぎない国際放射線防護委員会(ICRP)が2007年に発表した勧告です。この通知の当時、日本はこの2007年勧告を国内に取り入れるかどうか審議中で、正式に取り入れることが決まっていませんでした。その意味で、文科省はとても仲のいいお友達の勧告を根拠にして、子どもたちを事故前より20倍危険な状態に陥れる政策を決めたのです。

 これは法律家の感覚として、現代の法治国家のもとでは、裁判と同様、行政も法に基づいて為されければなりません。これは、行政の大原則、基本原理をかなぐり捨てた、前例のない、いわば法的なクーデターとしか言いようのない、多くの子どもたちを極めて危険な状態に陥れる国際法上の重大な犯罪行為「人道に関する罪」に該当する侵害行為です。ひとたび、法的なクーデターというルビコン川を渡った日本政府にとって、その後の特定秘密保護法や、集団的自衛権行使容認の閣議決定、安保関連法案の成立、共謀罪の成立など、憲法違反が指摘されるような強引な政治運営なぞ屁の河童、どうってことないことなのです。 

予防原則から反転した専門家 守りたいのは国民一人ひとりではなく国家

 もう一つ象徴的な人物が、3.11事故当時、関西にいた東京電力の清水社長は東京本社に戻ろうとして自衛隊機に乗ろうとして搭乗を拒否されましたが、その自衛隊機に、311直後の3月18日に乗り込み福島入りした山下俊一長崎大教授です。

 その山下俊一氏が福島入りして発言したのが

放射能の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」、

「みなさんマスクを止めましょう」、

「(いま、いわき市で外で遊んでいいですかとの問いに)『どんどん遊んでいい』と答えました

にはじまる、それまで聞いたこともないような奇想天外な新たな安全神話の創設に向けた有名な発言、「根拠のない噂」=風評が連日、連発されました。

 しかし、不安の中にいた福島の人たちは、専門家だと称するこの人の安心安全の言葉にすがり、放射能に対する警戒心をすっかり解いてしまいました。

 後に、山下俊一は二人いるのではないかという説が出たほどです。その理由は、3.11前の山下俊一という人の発言と、3.11後の山下俊一という人の発言が余りにも違いすぎ、ほとんど真逆だったからです。

 3.11前の山下氏の発言は、

ポーランドにも同じように放射能降下物が降り注ぎましたが、甲状腺を放射性ヨウ素からブロックする安定ヨウ素剤をすばやく飲ませたために、その後、小児甲状腺がんの発症はゼロです

2009年の論文(放射線の光と影:世界保健機関の戦略」2009年3月。537頁左段1行目以下)に書いています。 


チェルノブイリの教訓を過去のものとすることなく、『転ばぬ先の杖』としての守りの科学の重要性を普段から認識する必要がある

と、予防原則を原発事故の教訓として言ってました。

 これらの発言は、3.11以降の山下発言とは比べようがないくらいのちがいで、そこから、山下氏は二人いたのではないかという疑問が生まれたのです。3.11直後に、もし福島の人々が3.11前の山下発言を知っていたなら目の前にいるこいつはニセ者だと気づいたはずです。しかし、人々はこれを知らず、すっかり警戒心を解いてしまったのです。

 3.11以後、山下氏は、法的なクーデタによる文科省の20mSv通知とチェルノブイリの教訓を次のように指摘しました。

国の基準が20mSVということが出された以上は、われわれ日本国民は日本国政府の指示に従う必要がある。日本という国が崩壊しないように導きたい。チェルノブイリ事故以降、ウクライナでは健康影響を巡る訴訟が多発し、補償費用が国家予算を圧迫した。そうなった時の最終的な被害者は国民だ」。

 ここで、彼が第一に守りたいのは日本政府であって日本国民ではないこと、日本国民は日本国家の命令に黙って従えばいいのだ、という本音が透けて見えます。

 放射能災害から一般市民の命を守る基準を他のリスク対策基準と平等に

 では、311以後の私たちの願いとは何でしょうか。それは至ってシンプルなこと。それは311以後の異常事態をただしたい。放射能災害において「命こそ宝」という大原則を取り戻したい。それがチェルノブイリ法日本版制定のエッセンスです。  日本国家を守るために採用している原理原則があります。かつて、小泉首相は「備えあれば憂いなし」と言って、国を守るために予防原則に立って軍備を増強しました。今もそうです。北朝鮮の脅威に対して予防原則に基づいて軍備を増強しています。だったら、その予防原則を日本国家を守るだけでなく、日本国民を守るためにも採用すべきです。それが、放射能災害から日本国民の命、健康、暮らしを守るチェルノブイリ法日本版です。 自然災害からの救済で採用している原理原則があります。たとえば2000年の三宅島噴火で、「今後、高温の火砕流の可能性もある」という見解に基づいて、予防原則の立場から全島避難を決定しました。自然災害ですら予防原則によって人々の命を守るのであれば、人災である放射能災害ならもっと予防原則によって人々の命を守るべきです。


                          三宅島噴火

 通常の人災で採用している原理原則を過酷人災である放射能災害でも採用すべきです。たとえば交通事故を起こした加害者は被害者を救護する義務を負っており、被害者を放置するひき逃げは犯罪です。この加害者の救護義務を放射能災害でも採用すべきです。

  海外からの人災である戦争で採用した原理原則を国内の人災にも採用すべきです太平洋戦争で空襲のおそれのある都会の子どもたちを予防原則によって学童疎開を実施しました。であれば、いま国内の人災である原発事故に対しても同様に予防原則によって学童疎開を実施すべきです。

  福島原発事故で福島の自治体の長や幹部は、我が子や我が孫を守るために、予防原則によって県外避難を実行した例が多々あります。郡山市の市長もお孫さんを県外に逃がして、きちんと予防原則の立場で命を守りました(->その詳細)。であれば、このような原理原則を福島の一般の子どもたちにも適用すべきです。 

以上の通り、既に日本はさまざまな場面で、「グレーゾーンの部分には近づかない」という原則、あるいは先ほどの山下俊一氏が3.11前に力説した「転ばぬ先の杖」という予防原則を採用しています。であればなぜ、放射能災害の一般市民にだけこの予防原則を採用しないのか。このような二重の基準は欺瞞的であり、偽善的であり、憲法の平等原則に明らかに違反します。この二重基準を撤廃して、どんな災害、どんな人災であっても、差別せず平等に、人々の命、健康、暮らしを守ろうというのが、チェルノブイリ法日本版のエッセンスです。


以上の通り、既に採用されている予防原則を徹底した平等原理のもとで全ての被害者に適用したのがチェルノブイリ法日本版のエッセンスなのです。 

原子力事故から命と健康を守るチェルノブイリ法の日本版を

 チェルノブイリ法日本版がどういうものか解説します。

 チェルノブイリ法とは、1986年のチェルノブイリ原発事故後、被ばくによる健康被害が激増した5年目に、被害者の要求を受けて1991年、世界標準といわれる住民避難基準を定めた法律がソ連で制定されたものです。ソ連崩壊後は、ウクライナ・ベラルーシ・ロシアの3カ国に引き継がれました。原子力事故から住民および原発労働者の命と健康を守るための、原子力事故に関する世界最初の人権宣言です。これを日本でもきちんと定めるべきではないかというのがチェルノブイリ法日本版です。

 それを具体的に適用したらどうなるのかをお話します。

 以下の※図5が福島県郡山市の放射能汚染状況です。赤い円がチェルノブイリ法でいう避難義務区域、年間5mSV以上の放射線量の地域です。郡山市の99%がこの地域に該当し、左上方の一か所だけ年間1mSVで、避難の権利を選択できる地域に該当します。ですから、もしチェルノブイリ法が日本にできれば、郡山市はほぼ全てが避難の権利は保障されることになります。これがチェルノブイリ法日本版を制定した時の郡山市の姿です。 

 ※図



市民が主体的に法制定 ロードマップのモデルは情報公開法制定など


 市民立法とはどういうことを意味しているかお話します。

 今まで法律の制定はといえば、官僚頼み、議員さん頼みというのが多く、制定のためには多数の議員を抱える政党の支持が不可欠です。しかし、そんなことを当てにしていてもチェルノブイリ法日本版は難しい。そこで、官僚頼み、議員さん頼みでもなく、かといって、チェルノブイリ日本版を制定せよと掛け声だけを言い続けるのでもなく、なおかつ法律制定を実現するためのロードマップを示したのが「市民立法」という言葉です。これは市民主導で法制定を実現するための行程表のことです。

 そんな夢みたいなことが果して可能なのだろうか。可能です。それが昨年、核兵器禁止条約を成立させたICANです。しかもICANがモデルにした先例があります。米国・ロシア・中国が反対したにもかかわらず、1997年に対人地雷禁止条約を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」です。

 実は日本にもモデルがあります。本日のイベントの主催者と深く繋がっている、1999年に情報公開法を成立させた市民団体「情報公開法を求める市民運動」です。情報公開法制定のロードマップでは、最初に「情報公開法を求める市民運動」という市民団体を結成し、「情報公開権利宣言」と条例モデルを起草しました。これらを参考に、日本各地で情報公開条例を制定するための条例制定運動を日本各地の自治体の住民たちが全国で一斉に行い、最初に山形県で、次いで静岡県で制定され、日本各地で条例制定が相次ぎました。その条例制定の積み上げを元にして、1999年に情報公開法という国の法律が成立しました。このやり方をモデルにして私たちも条例制定からスタートして国の法律制定にむかって取り組んでいこうと言うのが、この市民立法の具体的なイメージです。

  このように、このモデルは聞けばだれでもわかるほど単純明快なものです、しかし、モデルから自動的に条例ができるものでも何でもなくて、モデルに魂を入れること。その入魂の力がないとモデルはあっても前に進みません。つまり、市民立法というモデルを推進するために、私たちは入魂の力を手に入れる必要があります。その力とはいったい何でしょうか、どこから手に入れることができるのでしょうか。

 思うに、その力を手に入れるためには、現状を正しく認識し、正しく絶望する必要があります。  311以後、あらわになったのは民意(主権)を反映しない議会制民主主義の機能不全、崩壊現象です。そこから今、多くの人たちは「民主主義の敗北・絶望から民意(主権)の敗北・絶望」の気分に陥っています。しかし、それは「正しい絶望」ではありません。なぜなら、議会制民主主義の敗北は主権者の敗北などではなく、人々が主権者であることを棄てたことに対する懲罰にすぎないからです。もともと議会制民主主義は人々が主権者であることを発揮し続けて初めて機能するものなのだからです。これが正しい絶望ではないでしょうか。  この正しい絶望から引き出せる結論は、議会制民主主義が敗北・廃棄されようが、私たちは主権者であることをやめないし、やめるわけにはいかない、これを取り戻す。これが新たな民主主義の観念、市民立法の精神、そして私たちの決意です。市民立法とは壊れゆく日本の中で、主権者であることを取り戻す新たな民主主義の運動にほかなりません。

  だから、市民立法の原動力は議員でも首長でもない、私たち市民ひとりひとりの手にかかっているのです。  
 その市民のひとりが放射能汚染地に住む市民(それは明日の私たちの姿です)です。

 201611月に、福島県や栃木県の汚染地に住む住民に移住に関するアンケートを行いました。その中から、3人の方の回答を紹介させていただきます。

 最初は福島県の方です。

Q. 現在、子どもの健康について不安に思っていることは何ですか。

A. 将来どうなるか。

Q. 放射能や被ばくによる健康被害の知識について、国や自治体の情報提供をどう思いますか。

A. ウソばかり。

Q. 被ばくによって子どもの健康を害するリスクへの対策について、国や自治体の実際の対応をどう思いましたか。

A. うそばかりで、本当に子どもを大切に思っているのか?

Q. 原発事故後、福島県や市町村に派遣された放射能の専門のアドバイザーの助言をどう思いましたか。

A. 当たりさわりのないことばかり。国に安全だと言うようにいわれているのか。

Q. 文科省の20mSV引き上げについてどう思いましたか。

A. 自分たちは福島に住んでいないくせに、誰が決めるんだという怒りだけ。

Q. 現在、文科省の20mSV引き上げに対して、どのようにして欲しいと思っていますか。

A. すぐにもとに戻せ!!

Q. 原発事故で子どもたちに無用な被ばくを避けるために、本来、国や自治体はどのようなことをすべきだと思いますか。

A. とにかく避難させる。わからないのであれば、なおさら。  次は栃木県の方です。

Q.  放射能や被ばくによる健康被害の知識について、国や自治体の情報提供をどう思いますか。

A. 有事の時に国は弱者を切り捨てるというリアルを感じました。

Q. 安定ヨウ素の服用について、国や自治体の対応をどのように思いましたか。

A. あまりにもひどい。もっと広い地域の風向き、降下情況も考えて配布すべきでした。

Q.  被ばくによって子どもの健康を害するリスクへの対策について、国や自治体の実際の対応をどう思いましたか。

A. 弱者の切り捨て。できっこない除染へのお金のムダ遣い。大きなお金を有効に健康を守るために、生活を再建するために使いたがらない。情けない。

Q.  原発事故後、福島県や市町村に派遣された放射能の専門のアドバイザーの助言をどう思いましたか。

A. 原発政策ありきの政策下で雇われた人たちの脆弱な理論は屁理屈ばかり。

Q.  文科省の20mSV引き上げについてどう思いましたか。

A. 非人道の極み。世界に恥ずかしい。

Q. 現在、文科省の20mSV引き上げに対して、どのようにして欲しいと思っていますか。

A. 取り下げること。普通に考えればあたりまえです。

Q. 現在、子どもの健康調査、健康保障についてどのようなことをしてほしいと思っていますか。

A. 当たり前の誠実さが欲しいです。

Q. 原発事故で子どもたちに無用な被ばくを避けるために、本来、国や自治体はどのようなことをすべきだと思いますか。

A. せめてロシア並みのことをして欲しかった。 3番目は福島市の方です。

Q. 将来子どもの健康について不安に思っていることはなんですか。

A. 将来、ガンや病気が発症しないか。

Q. 放射能や被ばくによる健康被害の知識について、国や自治体の情報提供をどう思いますか。

A. デタラメばかり。

Q. 安定ヨウ素の服用について、国や自治体の対応をどのように思いましたか。

A. デタラメばかり。

Q. 被ばくによって子どもの健康を害するリスクへの対策について、国や自治体の実際の対応をどう思いましたか。

A. デタラメばかり。

Q. 原発事故後、福島県や市町村に派遣された放射能の専門のアドバイザーの助言をどう思いましたか。

A. デタラメばかり。御用学者のざれ言です。

Q. 文科省の20mSV引き上げについてどう思いましたか。

A. 殺人行為です。

Q. 現在、文科省の20mSV引き上げに対してどのようにして欲しいと思いますか。

A. 1mSVに戻すべき。

Q. 福島県が実施した県民健康調査や健康診断について、どのように思いましたか。

A. モルモット扱い。

Q. 原発事故で子どもたちに無用な被ばくを避けるために、本来、国や自治体はどのようなことをすべきだと思いますか。

A. 集団疎開or移住政策

Q. 移住を実現するために国や自治体にどのようにしてほしいと思いますか。

A. 日本版チェルノブイリ法の制定 

  以上のような切実な声が現地から寄せられています。この人たちの怒りは、チェルノブイリ法日本版の制定が実現するまで止むことのない怒りです。

 「命こそ宝」を放射能災害でも 公害対策基本法の制定を引き出した市民運動に学び


チェルノブイリ法日本版制定の原動力として、さらに、私が参考にしたいのは、神も仏もないという沖縄戦の惨状のなかで、「命こそ宝」を貫こうとした沖縄の農民、阿波根昌鴻さんです。彼は伊江島で米軍に自分の農地を戦後、強制的にとられて、生きるために農地返還要求をずっとやってこられた方で、「命こそ宝」を身をもって実行しました。
 

また、1964年の三島・沼津の「石油コンビナート反対」の市民運動で、静岡県沼津市の高校の先生たちが、もし三島に石油コンビナートができたならどのような環境破壊が起きるかを念入りに調査して、調査結果をもとに地元で300回にわたる学習会を開いて、市民とともにこのコンビナート計画の環境破壊や健康被害の危険性を理解して、多くの市民が政府の地域開発計画に反対して石油コンビナート阻止を勝ち取りました。それは、この勝利が、三島・沼津市の環境保全ばかりでなく日本全体の環境保全に舵を切る転機となり、日本のみならず世界の公害防止への先駆けとなるような画期的な法整備を引き出すことになった市民運動でした。同時に、この市民運動により、公害対策の性格がそれまでのお役所への陳情型から、民主主義の権利を主張して自治体改革の市民主導で実現する運動に転換する転機となりました。このような輝かしい日本の市民運動の歴史から学んで、私たちのモデルにしていきたいと思います。 

 最後に、亡くなるまで「木を植えた男」だった菅原文太さんも、私にとり貴重な方です。2013年に菅原文太さんがラジオ対談で、井戸謙一元裁判官をゲストに対談したとき、彼は井戸さんに、志賀原発差止判決を書いたあと、どうでしたか?という質問をしたら、井戸さんは「判決を書いたあとも最高裁から特別差別されるようなことはありませんでした」と答えました。すると、彼は即座にそれを否定し、こう言いました。 
 
「それはちがう。本来、志賀原発差止判決を書いた井戸さんのような人が最高裁の裁判官にならなくてはおかしい。」

それを聞いた瞬間、そうだ、まったくその通りだ。現に、井戸さんは最高裁の判事になっていないし、なるような評価を受けていない、と思いました。普段、司法の世界に身を置いていると、「石が流れ、木の葉が沈む」司法の異常な現実にすっかりすれっからしになり、麻痺し、何も感じなくなるのを、菅原文太さんの言葉は、それではダメだ、司法の本来の、まっとうな姿に立ち返れと原点を思い出させてくれました。この時の菅原文太の言葉は、私にとって、チェルノブイリ法日本版制定の原動力です。

 みなさんと一緒に木を植えながら、「命こそ宝」という思いを形にするための取り組み、チェルノブイリ法日本版の制定に向けて育てあっていきたいと思います。

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